泥に生えた蓮を見てください。
茎や花が泥の色をしていますか?


蓮を観じて自浄を知り、菓を見て趣徳を覚る。『般若僅経机鍵』

泥の中から生じながら泥色に染まらない蓮の花は、私たちが環境に染まらずに咲かせることができる清浄な雨』があることを示しています。

また蓮の花がっぽみでも、すでに中に実があることを観察すれば、私たちの中にも悟りの実があることを知ることができます。

 

仏教で大切にする花は蓮華です。

なぜかと一一一言うと、蓮の生態が仏教の教えをそのまま表わしているからです。

蓮は泥水の中でしか育ちません。

しかし、その茎も葉も花も泥色に染まることなく、かえって泥水をはじいて、きれいな花を咲かせます。

自分が人としてきれいに咲けないことを、社会構造や家庭環境のせいにしている人がいます。

世の中は不公平ですし、社会はきれいごとばかりではすみません。

しかし、今の自分をその社会のせいにするのは、泥水の中で育って、泥色に染まっているようなものです。

泥に染まらずに清らかに生きていくことはできるのだ。

人はそれを蓮に教わります。

また、普通は花が咲いてから受粉して実をつけます。

しかし、蓮は恭函のうちに中に実を持っています。

だれもが、すばらしい人としての果実(さとりの種)をすでに持っているのだ……人はそれを蓮に学びます。

清らかに生きましょう。

『この泥があればこそ咲け蓮の花」(与謝蕪村)